シルバーアクセサリー/デザイン・原形制作・鋳造・研磨

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シルバーの歴史

シルバーと人間とのかかわりは古いです。 「旧約聖書」に銀貨の取引きの場面が登場するのをはじめ、紀元前3000年頃のエジプトでは、「金は神々の皮であるが、その骨は銀である」と考えられていました。そもそもその頃のエジプトには銀を表す言葉がなかったため、はじめの頃は「白金の金属」と呼ばれていたそうです。彼らにとっての銀は、金の1つの種類であると考えられていたようです。
シルバーの装飾品の最古のものは古代メソポタミア文明のシュメール人の都市であるウル埋葬遺跡群の中から発見されていることから、シルバーの産出・加工は紀元前2600年頃から始まったとされています。
シルバーの産出が増えはじめたのは紀元前5世紀頃のアッティカからで、ローマ時代には銀器が珍重され、大切に扱われています。その後、中世ヨーロッパではイギリスやドイツなどで銀鉱山が発見されました。 特にボヘミア、ザクセン、マイセン、チロルなどの中部ドイツが最大の産地となりましたが、それでもなお金よりははるかに高価でした。

日本では、平安時代に対馬と摂津多田銀山から産出されたと記録されています。島根県の石見銀山の発見は南北朝のころで、銀山として開発されたのは1526年です。当時、日本では銀を精錬する技術がなかったため、銀鉱石は朝鮮へ輸出し、精錬した銀を輸入していましたが、石見銀山に「灰吹法」が導入された後、一転して銀の輸出国に変わりました。灰吹法は、金や銀を鉱石などからいったん鉛に溶け込ませ、さらにそこから金や銀を抽出する方法です。金銀を鉛ではなく水銀に溶け込ませるアマルガム法と並んで古来から行われてきた技術です。
17世紀初頭の最盛期には、日本産の銀は世界の生産量のおよそ3分の1くらいを占めていたと考えられています。しかし16世紀後半にはじまるスペインによる新大陸のポトシ銀山の開発から、現在のボリビアやメキシコ産のメキシコ銀が増大し、中国にもたらされてスペイン銀貨にといわれるようになり、日本銀はそれに押されて次第に衰退しました。


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